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ビビアンとマルコム・マクラーレン(Malcolm McLare)
マルコム・マクラーレンは、ファッションデザイナーであり、ミュージシャンです。
マルコム・マクラーレンの生まれは、1946年ロンドン北部に位置するStoke Newington(ストークニューイントン)。
世界各地からやってきた人々が暮らす多国籍文化圏として知られています。
若いときのマルコムは、美術学校に通いながら、不良少年のようなファッションでロックンロールが大好きでファッションと音楽に熱中していた。
そして、1965年にビビアンと出会い、二人の間には、息子ジョーゼフ・ファーディナンド・コーが生まれます。

1971年、ビビアンは、マルコムとパンク・ロック、ヒッピー、ストリート・ファッションなどを取り入れたブティックLet It Rock(レット・イット・ロック)をキングロード430番地にオープンしました。
お店は、50年代のロックンロールのレコードと洋服を扱うショップでした。
マルコムが1974年に渡米して、ニューヨークのバンド「ニューヨーク・ドールズ」がお気に入りになった。
なんと、マネージャーまで務めたというから、ビックリ。
その頃、ニューヨークのアンダーグラウンドで流行っていたニューヨーク・パンクの強い影響を受けたことが、後のファッションに大きく影響してくる。
それから、マルコムは、英国に帰ると「Let It Rock」の店名を「SEX」と変えてボンデージファッションを売り始めた。
ここから、店名が自分たちのテーマが変わると変更されるようになった。
マルコムは、この頃に関わっていたバンドの「ストランド」にジョニー・ロットンらを加えて「セックス・ピストルズ」と改名した。
そして、1976年に「セックス・ピストルズ」がデビュー。
これまでのロックへのアンチテーゼとして、過激で反社会的なイメージ戦略が功を奏して大成功を収めた。
この大成功によって、パンク・ファッション、パンク・ロックはイギリスの若者に一大ブームとなった。
パンク・ファッション(Punk Fashion)は、セックス・ピストルズの衣装に端を発します。
ビビアン・ウエストウッドは日本ではパンク・ファッションの代名詞のように言われていますが、
当時のセックス・ピストルズのメンバーの衣装は、殆どが自作の安物だった。
つまり、若者が同じようなファッションをすることが簡単で、
衣装というよりは普段着に近いシンプルなファッションスタイルだった。
でも、彼らの音楽精神を強く感じさせるスタイルだったので、
若者たちの間でこのファッションは広がっていった。
ビビアンとマルコム、二人の仕事上の関係はパンクファッションがこの世に生まれた1970年から1983年まで続けられた。
ビビアンが当時を振り返り語ったことは・・
「開けるべき非常に多くのドアがあると感じたわ、彼がそれらのすべての鍵を持っていたのよ」
パートナーによって、大きく成長したビビアン。
あなたのパートナーは、あなたを成長させてくれますか(- -;)